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徳島地方裁判所 昭和57年(行ウ)5号 判決

原告 南郷弘光

被告 徳島刑務所長

代理人 丸西仁 桑原定信 金垣健一郎 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告の昭和五六年八月一日付図書(日本交通公社刊時刻表昭和五六年一〇月号)、購入の願い出に対し同年同月一七日付をもつてした不許可処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の本案前の申立

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、徳島刑務所に受刑者として服役している者であるが、昭和五六年八月一日被告に対し、作業賞与金による日本交通公社刊の時刻表昭和五六年一〇月号(定価六〇〇円、以下「本件時刻表」という。」)購入の願い出をしたところ、被告は同年同月一七日付でこれを不許可とする処分(以下「本件処分」という。)をした。

2  しかし、本件処分は、監獄法施行規則(以下「規則」という。)七六条一項の趣旨に反し裁量権の範囲を逸脱した違法な行政処分である。

3  よつて、原告は、被告に対し本件処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

原告の本件訴えは、以下に述べる理由により、不適法なものである。

1  刑務所における作業収入は、受刑者の就業による刑務作業から生ずる収益ではあるが、この作業自体は、受刑者に対する刑罰内容として義務的に課される強制的教育手段であつて、受刑者の社会復帰を目指しての改善教育、職業訓練、規律維持等多目的な矯正教育の一環としての役割をもつものであり、一般社会における賃金労働のように経済性ないし対価的意義を有するものではないから、その作業収益は、すべて国庫に帰属することとされており(監獄法二七条一項)、受刑者は、作業に対する私法的な報酬、すなわち賃金として請求することはできない。

しかし、懲役受刑者が刑務作業に従事した場合において、その作業収入をすべて国庫に帰属するとすれば、一面において受刑者の勉励心の醸成を阻害することとなり、また労働意欲を向上させることが困難となり、他面において釈放後の当面の更生資金にも困窮することとなるから、国庫帰属主義の例外を定め、受刑者の行状、作業の種類及び成績等を斟酌して一定の金額を作業賞与金として、受刑者に給与することとされたものである(同法二七条二項及び三項)。

そして、作業賞与金は、一か月単位で仕上高及び就業時間を基準とし計算され、これを当該受刑者に告知されることになつているが、行状不良で作業成績劣等な場合には、作業賞与金の計算をしなくてもよいし(規則七〇条)、また逃走後六月居所不明の場合には、計算高として一度計上したものであつても抹消すべき(規則七八条)こととなつている。

したがつて、作業賞与金は、刑務作業に対する報償ではあるが、私法上の労働に対する対価ではなく、矯正目的上の考慮に基づいて国家が一方的な意思によつて行う給与であるから、就業者はこれに対して具体的権利を有するものではない。

2  ところで、作業賞与金は、その趣旨・目的から受刑者の釈放時の更生資金として給与されるのが原則である(規則七五条一項)が、在監中は作業賞与金計算高として施設側に留保されているのであつて、この計算高が受刑者に告知されることにはなつているが、これによつて当該受刑者に対して処分権又は使用権が付与され、その範囲が示されるものではない。

ただ、受刑者が在監中であつても、留守家族の生活扶助、犯罪の被害者に対する賠償その他必要やむを得ない事由がある場合には、刑務所長の裁量により一定の範囲内で作業賞与金を給与することが認められている(規則七六条)が、刑務所長がその許否を判断するに当たつては、受刑者からの願い出の趣旨、特に使用目的が必要やむを得ないものであるかどうかを検討し、更には当該受刑者の刑期、服役態度及び作業成績、当該許可・不許可が本人及び他に及ぼす影響等矯正施設における専門技術的な見地から諸般の情状を斟酌して行うものである。したがつて、これを許可するかどうかの判断は、まつたく行政庁の裁量にゆだねられているといえる。

3  以上に述べたとおり、刑務所長の規則七六条の規定に基づく作業賞与金の給与に関する処分は、懲役受刑者の作業賞与金に対する私法上又は公法上の具体的な権利ないし請求権に基づいて行われるものではないから、国民の権利・利益を侵害するかどうかの問題を生ずるものではない。したがつて、右処分は抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しない。また、その許否の判断は、国の刑事政策又は矯正教育・処遇上の専門的、技術的な考慮、経験を要する事項であつて、特別権力関係における行政庁のいわゆる自由裁量の範囲に属する。したがつて、本件訴えは、特別権力関係における行政庁の自由裁量処分について司法審査を求めるものであるから、法律上の利益を欠く不適法なものである。

よつて、本件訴えは、抗告訴訟の対象となる行政処分の不存在及び法律上の利益の欠如のいずれの点からしても不適法というほかはない。

三  請求原因に対する認否

請求原因1は認めるが、同2は争う。

四  被告の主張

1  本件処分に至るまでの経緯

原告は、大阪地方裁判所において、強盗殺人、窃盗、住居侵入罪により無期懲役の刑に処せられ、昭和四九年九月二八日から大阪拘置所において刑の執行を受けていたが、収容上の区分により同年一一月七日徳島刑務所に移送され、現在、同刑務所において服役中の者である。

原告は、昭和五六年八月一日私本購入願の願箋をもつて、作業賞与金計算高による本件時刻表の購入を願い出たが、被告は、右願い出を以下に述べる経緯により不許可にしたものである。

(一) 受刑者の作業賞与金計算高による私本の購入については、規則七六条一項に基づき、本来はその必要性の有無及び受刑者の情状等を個別具体的に判断してその許否を決すべきところ、徳島刑務所においては、これが毎月相当数あり、ある程度画一的に処理する必要から、被告が管理部長に命じてその給与額及び被適用者の範囲につき一定の基準を設けさせ、その基準によつて取扱うこととしている。

現行の基準は、管理部長が昭和五五年一一月四日付け管理部長指示第八号をもつて「作業賞与金計算高による私本購入の取扱について」と題して関係職員に対して指示(以下「五五年八号指示」という。)し、この基準によつて運用してきた。

しかし、昨今における諸物価の上昇に伴う図書の価格の値上がりから、従来の使用制限額の範囲では受刑者の希望する図書の購入ができないこともあつたため、その使用制限額を緩和せざるを得なくなつたが、その反面予算事情から被適用者の範囲につき一部制限を設けざるを得なくなつたこともあつたので、昭和五六年三月一日付け管理部長指示第一号をもつて「作業賞与金月額計算高による私本購入制限枠を一部緩和する取扱いについて」と題する指示(以下「五六年一号指示」という。)を発し、右の両指示に定める基準により運用することとした。

そこで、五五年八号指示及び五六年一号指示による私的図書(特別図書を除く。)の購入に関する運用基準を要約すれば、次のような取扱いになる。

(1) 各受刑者につき、行刑累進処遇令(以下「処遇令」という。)に定める毎月の作業賞与金計算高の級別制限額の範囲内の使用を認める(ただし、同令七五条の適用除外者であつても累進処遇第四級に準じた取扱いを認める。)。

(2) 次に掲げる資格要件を有する者については、五五年八号指示(右の(1))の使用制限額のほかにプラス一〇〇〇円の使用を認める。

(イ) 領置金残高が三〇〇〇円未満であること。

(ロ) 作業賞与金計算高が二万円以上であること。

(ハ) 累進処遇第四級以上であること。

(ニ) 購入願箋提出日の前月において懲罰又は訓戒を受けていないこと。

(ホ) 購入願箋提出日の前月において、休養などのため不就業日のない者であること。

(二) しかるところ、昭和五六年八月一日原告から本件時刻表の購入願い出があつたので、これを審査したところ、原告は、同年五月一日、懲罰事犯の反覆累行のため処遇令の適用除外の判定を受けていたため(処遇令七五条)、前記五六年一号指示の記の二の「適用範囲」3(前項(2)の(ハ))の非該当者となり、いわゆる一部緩和のプラス一〇〇〇円の適用を受け得ないこととなり、また五五年八号指示による運用基準によつても購入を認められないものであつた(原告の購入希望の時刻表は六〇〇円であるが、同人の七月分作業賞与金は七四一円であり、その使用金額は同計算額の五分の一である一四八円となるため、購入ができない。)。

しかし、私本購入に関する運用基準によつて購入が認められないものであつても、更にその必要性を判断し、特に必要があると認められる場合には、これを認めることとしているが、本件時刻表について検討をした結果、

(1) 原告は昭和五六年四月分の時刻表を既に購入し、所持していること。

(2) 原告は無期懲役刑執行中の身分であることから、本件時刻表の購入は緊急を要せず、特に必要なものと認められないこと。

(3) 原告が改悛の上、発奮努力することにより累進処遇第四級に復級すれば購入の機会ができること。

の理由から、被告は、原告の本件願い出を不許可と決定し、被告の命により保安課長が、昭和五六年八月一七日原告に対しその旨を告知したものである。

2  本件処分の適法性

本件処分は、前記のとおり被告が管理部長に命じて指示させた運用基準に準拠し、更には特段の必要性の有無をも判断して行つたものであるが、以下に述べるとおり適法なものである。

(一) 作業賞与金による私本購入に関する運用基準の制定は適法である。

徳島刑務所における作業賞与金計算高による私本購入の許否については、被告が、管理部長に命じてその運用基準を指示させ、この基準に準拠することとしているが、被告の本案前の答弁においても主張しているとおり、刑務所長の規則七六条一項の規定に基づく作業賞与金の給与に関する処分は、行政庁の自由な裁量に委ねられているものであるから、同条の趣旨・目的の範囲を逸脱しない限り、その許否に関する基準を、自らが定め又は管理部長に指示して自由に定めることができるものと解される。

(二) 右の運用基準の内容は適法である。

刑務所における受刑者の私本の購入については、自己の領置金による購入を原則とするものである。しかし、領置金の僅少な者又はこれを有しない者にあつては、自己の希望する図書の購入がまつたく不可能になるところから、規則七六条一項の規定に基づき受刑者からの願い出によつて、作業賞与金計算高による私本の購入を認めることとしている。

そこで、被告は、管理部長に命じて、前記五五年八号指示更には五六年一号指示を定めさせたものであるが、その基準の設定に当たつては、規則七六条の規定の趣旨・目的及び国の予算事情を踏まえ、公平かつ画一的な運用が図られるよう考慮したものである。したがつて、本件運用基準は、受刑者の作業賞与金計算高による書籍の購入について使用制限額を定めているが、これは次の諸点が考慮されたものであつて、当然許されるべきであるといえる。

(1) 私本の購入については、受刑者にとつて真に教化上必要と認められる限定的な内容のものに限られる。ただし、受刑者の教養・娯楽の面も考慮しなければならないので、使用制限額の範囲内では、行刑目的に反しない限り内容的な制限をしていない。

(2) 在監中に給与しなければならない作業賞与金計算高は、国家の財政事情による予算の実情を踏まえて毎年各刑務所に示達されるものであるが、被告は、その示達予算の範囲内において、効率的な執行を図る必要がある。

(3) 受刑者の服役態度、作業成績等を考慮して使用制限額を定めることとしたが、その基準として、処遇令による階級制を採り入れた(処遇令四一条、四二条、四五条及び五〇条参照)。

以上の諸点を総合的に考慮して、前記管理部長指示が発せられたものであるが、受刑者の資格要件等に応じた使用制限額は、作業賞与金が受刑者の行状、作業の成績等を斟酌してその額を定め得る(監獄法二七条三項)ところからみても妥当なものであり、また受刑者の行刑成績が向上するに従つて図書購入の範囲も逐次拡大して認めようとするものであるから、行刑目的あるいは受刑者の処遇上からみても合理的なものであるといえる。

(三) 本件時刻表を購入するにつき特段の必要性を認めなかつた判断は適法である。

被告が、原告の本件時刻表の購入願い出を不許可にした理由については、前記1の(二)において既に述べたとおりである。

被告は、前記運用基準に準拠して購入が認められない図書であつても、更に必要性の有無を判断し、特に必要があると認められる場合には、これを認める取扱いであるが、本件時刻表の購入について、更に検討をしても、真に教化上又は自己の権利救済を受ける上において必要なものとは認められなかつたものであるから、原告の本件願い出を不許可にしたものである。

よつて、以上で明らかなとおり、被告のなした本件処分は、被告の裁量の範囲内で適法になされたものであり、原告の主張は失当であるから、速やかに棄却されるべきである。

五  被告の主張に対する認否

原告は、昭和五六年五月一日、処遇令の適用除外の判定を受けたこと、原告は本件処分当時昭和五六年四月号の時刻表を既に購入し、所持していたこと、原告は無期懲役刑により服役中の者であることは認める。

第三証拠 <略>

理由

一  本案前の主張についての判断

在監受刑者の作業収入はすべて国庫に帰属することとされ(監獄法二七条一項)、作業賞与金は、その例外として、受刑者に対しその行状、作業の成績などを考慮して給与することができるものであり(同条二項、三項)、右給与は矯正目的から国が一方的な意思によつて行うものである。従つて受刑者はこれが現実に給与されるまでは、作業賞与金に対し、その給与や使用を請求する具体的な権利を有するものではない。

しかしながら、右のとおり受刑者が在監中に作業に従事し、賞与金計算高が施設に留保され、これが受刑者に告知されたのちは、その配偶者、子、父母の扶助及び被害者に対する賠償並びに書籍の購入などの必要がある場合には、刑務所長の裁量により在監中といえども右計算高の三分の一を超えない金額を給与することができる(同規則七六条一項)のであつて、受刑者は右法令の趣旨に従つて作業賞与金の給与を受けて前記の用途に当てうる地位にあるものというべく、その地位ないしは一種の期待的利益は法律上保護に値するものというべきである。

そして、前記目的のために作業賞与金を給与するか否かは刑務所長の自由な裁量によつて決定しうる事項であるが、その裁量がこれを認めた法の趣旨に反し、矯正目的を達するに必要な限度を逸脱し、特別な動機、考慮に基づいて行われたような場合にはその行使は違法となり、司法審査の対象となるものと解するのが相当である。

被告の本案前の申立ては採用できない。

二  本案についての判断

1  原告は無期懲役の刑により徳島刑務所において服役中の者であること、原告は昭和五六年八月一日被告に対し、作業賞与金による本件時刻表購入の願い出をしたところ、被告は同年同月一七日付でこれを不許可とする旨の本件処分をしたことは当事者間に争いがない。

2  <証拠略>によれば、被告は、本件処分当時、受刑者の、作業賞与金による一般図書(私本)の購入については、その基準として内部的に定めた五五年八号指示及び五六年一号指示に準拠して運用していたこと、そして、右内部基準により処遇令に定める毎月の作業賞与金計算高の級別による使用制限額の範囲内で給与を許していたこと、その上で第一に、領置金残高が金三〇〇〇円未満であること、第二に、作業賞与金計算高が二万円以上であること、第三に、累進処遇第四級以上であること、第四に、購入願箋提出日の前月において懲罰又は訓戒を受けていないこと、第五に、購入願箋提出日の前月において、休養などのため不就業日のない者であることなどのいずれの条件をも具備する者については前記制限額に金一〇〇〇円を加えた金額の給与使用を許していたことが認められる。

そして、右内部基準はその内容に照らし、監獄法及び同法施行規則の趣旨、目的の範囲を逸脱した違法なものとはとうてい認められない。

3  そこで、右内部基準に基づき、本件処分当時私本購入のため原告に給与されうる作業賞与金の限度を検討すると、まず、当時原告が処遇令の適用を受けないいわゆる除外級であつたことは当事者間に争いがないから、既にこのことから、前記処遇令級別制限額のほかに金一〇〇〇円の給与を許可されうる要件を充足していないことが明らかである。

次に、処遇令級別使用制限額についてみるに、この適用につき仮に原告を累進処遇第四級に準ずるものとしても、その使用制限額は処遇令四一条により毎月作業賞与金月額計算高の五分の一以下の範囲であるところ、<証拠略>によれば原告の昭和五六年七月分のそれは金七四一円であることが認められるから、その使用限度額は金一四八円であることが計算上明らかである。

そうすると、本件処分当時、私本購入のため原告が給与されうる作業賞与金の限度は結局右金一四八円を超えることはなかつたものと認められる。

ところで、原告の願い出に係る本件時刻表の定価は金六〇〇円であつたことは当事者間に争いがないから、右原告が給与されうる賞与金の額ではこれが購入不可能なことは明らかであつて、被告においてその購入を許可するに由ないものである。

4  次に、右運用基準に準拠して購入が認められない図書であつても、特に必要があると認められる場合にはその購入を認める取扱いをしていることは被告の自認するところであるけれども、原告が本件処分当時既に昭和五六年四月号の時刻表を所持していたことは当事者間に争いがなく、これに右図書の性質等を併せ考えると、更に客観的に本件時刻表を購入させる特別の必要性があつたとも認められない。

以上のとおりであつて、被告がなした本件処分はその裁量権を逸脱した違法な処分であるとはとうてい認めることはできない。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上野利隆 田中観一郎 能勢顯男)

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